星が丘の名の由来?
2005年 11月 17日
「星が丘」というと、「星が良く見える丘」位の認識しかありません。確かに、平坦な地で昔は高いビルもなく良く星が見えたろう事は容易に想像できましたが、星が丘の「星」はその空に瞬く「星」ではないようです。
今もそうですが、実は相模原市は軍国都市です。座間キャンプを筆頭(座間キャンプの敷地のほとんどは相模原です)に、南台米軍住宅、相模原補給廠などが市内の要所に存在します。既に返還は去れましたが、淵野辺にもキャンプ場がありました。
それというのも、この周辺地域は陸軍の基地が戦前より多数存在していました。それが戦争に負けたことで米軍の駐留地になったようです。相模大野付近にも軍用地は多く存在していましたし、田名のキャタピラー三菱も戦車を今でも作っている事は有名ですよね。
そして、現在でも残っている座間キャンプ、南台米軍住宅、相模原補給廠を結ぶ村富線のちょうど中間付近に位置する、星が丘。
ここには、多くの将校が居を構えていたようです。将校さんといえば、襟元の階級章。今でもそうだと思いますが、ここに「星」が付いているんです。この星がたくさんある丘、星がたくさん住む丘ということから、「星が丘」という地名になったそうです。